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2007年5月31日 (木)

コマセマダイの発祥

今から、もう26~27年位前になるだろうか。

オキアミを使ったコマセマダイ釣りは、真鶴港の国敏丸で始まった。

それまで、ヤリイカやサイマキの生き餌を使って、マダイ釣りをしていた私にとって、何とも頼りないエサに思えた。当時は釣りエサとしてのオキアミは存在していなかったため、「まるは」のかき揚げなどに使う食用のブロックを使っていた。オキアミの箱には、「南極オキアミ」と書かれていて、調理法など記載されていた覚えがある。今のように、粒が大きくしっかりしたものは少なく、ブロックを解かして、形の良い物を選び出すのが一苦労だった。

07531 この当時の真鶴海域は、大型マダイやヒラマサの魚影が濃く、オキアミを使い出してから爆発的に釣れた。確か、始めはハリス3ヒロ位だったと思うが、この釣りに合った竿が無く、竿が硬いため魚を掛けても「ブツ、ブツ」と切られた。そこで、関西方面で使うカカリ釣り用の4m近い振り出し竿を使いだした。

国敏丸の船長「国さん」は、研究熱心な人で,流し方やステン缶、仕掛けなど工夫を繰り返し、ほとんど今のコマセマダイのスタイルを完成させた。初めのころは5~7号くらいのハリスを使っていたが、生餌の釣りと違い、この釣りはハリスが細い方が圧倒的に食いが良いと言う事に気づき、3号のハリスを使うようになった。今では当たり前のようだが、この頃の生き餌を使っていた漁師感覚では、ハリスを細くするということは、考えられなかったのである。

ハリスが細くなったことによって、竿も、より胴調子の魚の衝撃を吸収してくれるものが必要となってきた。また、置き竿で釣るこの釣りは、待っているときの竿の動きが、喰いに大きく影響することも判ってきた。そこで輸入物のルアー竿などを改良して、この釣りに合う竿を作ってきた。

当然、リールのドラグも粘りがあり、スムーズにラインの出る物が要求されてきた。幸い、アブのアンバサダー7000番と言うリールが、販売されており、ピタリとはまった。(現在でも使用しているが)

Kukunitoshimaru ここに通い詰めていた服部善郎氏が、当時、日テレの看板番組であった11PMの釣りコーナーで度々紹介し、放映の度に釣り客が押し寄せた。

この頃は、5kg超のマダイは当たり前、10kgオーバーも毎週のように上がり、7~10kgクラスのヒラマサも良く釣れた。港も活気に溢れ、車も停める所が無いような状態だった。

こんな状況の中で、国さんを始め、隣の笠島丸のアキオちゃん、服部名人などの釣りキチガイ達が、夢中になってお互い負けじと、それぞれ創意工夫して進化させてきたのだ。

最近、たまに国敏丸に乗るが、国さんと当時の話をすることは、ほとんど無い。お互い、未だに「もっと良い釣り方は無いか?竿の調子は、こうしたらどうだろう?」と試行錯誤しているのである。

まだ、思い出話には、なっていないのである。

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